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日本リーダーパワー史(686)「北朝鮮行動学のルーツ①」-150年前の「第一回米朝戦争」ともいうべき 1866(慶応2)年9月、米商船「ジェネラル・シャーマン号」の焼き討ち事件(20人惨殺)の顛末を見ていく。

      2016/03/16

 

日本リーダーパワー史(686)

『北朝鮮行動学のルーツ(上)』ー150年前の「第一回米朝戦争」ともいうべき 1866(慶応2)年9月、

米商船「ジェネラル・シャーマン号」の焼き討ち事件(20人惨殺)の顛末を見ていく。

 

北朝鮮の核実験強行、長距離ミサイルの発射以来、国連安保理事会での厳しい制裁措置が出され、

対抗しての最大級の米韓軍事演習と「米国」対「北朝鮮」の対立はぎりぎりまで緊迫度を高めている。

ここではこの対立のルーツを求めて150年前にあった「第一回米朝戦争」ともいうべき 1866(慶応2)年9月、

米商船「ジェネラル・シャーマン号」の焼き討ち事件の顛末を見ていく。

そこには北朝鮮のもつ『異文化理解不能症候群』が見て取れる。

 前坂俊之(ジャーナリスト)

東アジアの清(中国)、朝鮮、日本にいち早く侵略(開国、貿易の要求)してきたのはイギリスである。1600年に「東インド会社」を設立してインドを経 済的に支配したのを皮切りに、19世紀にはベンガルを直接植民地として1877年には、ヴィクトリア女王がインド皇帝となって支配した。

 

日本と同じ小さな島国の英国が「世界の七つの海」を支配し、植民地大帝国を築くことができたのは、産業革命のたまものである。蒸気船の発明によってアジア航路を大幅にスピードアップし、軍事力を高めたのだ。 英国はインドを拠点にマレー半島にも勢力圏を拡大。1819年にはシンガポールを占領、マレー半島を保護領とし、香港まで着々と植民地とした。

そして中国にアへン戦争を仕掛けて、最後に残った日本、朝鮮にも迫ってきた。   一方、北からは大英帝国の宿敵ロシアが、不凍港を求めてシベリアからアラスカまで膨張を続けてきた。プレデリック・シューマン著『ソ連の内政と外交』 によると、この300年間の領土拡大のスピードは、一日平均100平方キロメートルという。この間ロシアは、黒海の不凍港を獲得するためオスマントルコと4回、戦争を繰年返した。

日本が明治維新(1858年)を迎える5年前に勃発したクリミヤ戦争では、英仏はトルコを助けてロシアに宣戦。1856年にロシアを破り、その南下を阻止した。   西への侵攻に失敗したロシアはシベリアからの南下に切り替えて、清、朝鮮、日本に魔の手を伸ばしてきた。この方面にはヨーロッパ列強の勢力も伸びておらず、狙い目だったのである。

封建時代の【長い鎖国】に眠っていた日本、清、朝鮮の中で、
この危機に目覚めて、
いち早く開国に踏み切ったのは日本であり、
遅れたのは朝鮮だった。

朝鮮半島は日本列島の横腹に突きつけられたヒ首(あいくち)のような存在である。朝鮮半島の安危はただちに日本の安危につながる。

この地理的な戦略的価値は昔も今も変わらない。 江戸時代約三世紀の東洋の安定は「パックス・シニカ(大清帝国)」による清国の富強と絶対的優越によって東洋の安定と平和が保たれてきた。

しかし、アへン戦争(1840-42)によって清国の弱体が暴露されたが、なお依然として清国は巨大な帝国であった。富と底力を秘めていると信じられ、西欧列強は「眠れる獅子」と恐れていた。この清朝の衰退と軌を一にして、李氏朝鮮の国政もしだいに紊乱の度を加えてきた。

朝鮮半島の長い歴史を通じて見られる著しい特色が3つある。(田保橋潔著『近代日鮮関係の研究』(1940年)

  • ①は官僚の土地支配による官人国家の体制
  • ②は強大な大陸国家(歴代中国)の武力に屈し、その影響をもろに受けたことである。
  • ③国家制度はもとより、経済、文化、宗教、生活のすべて姓氏まで模倣し、宗主国として『中国』をたてまつり、自ら『小中華』と称していた。
  • しかし、李氏朝鮮は日本に対しては同じ儒教の国として友誼の交りを重ねてきた。豊臣氏を亡ぼした江戸幕府に対して旧怨を含むことなく、朝鮮通信使を派してきた。これは文字通り信を通ずる使者で、親交のためのものであった。
  • 両国関係は日本側は「通信」朝鮮側は「交隣」と呼んだが、その実態は徳川将軍家(対外的には日本国大君)と李王家との関係であり、それが国交関係であった。具体的には日本側から新将軍就任など慶事の通知をうけると、朝鮮側が祝賀の使節を江戸に派遣するもので、その使節を「朝鮮通信使」という。
  • 通信使は1636(寛永十三)年から1811(文化八)年まで九回派遣され、江戸時代を通じて全部12回、日本を訪れた。
  • 使節一行は、正使・副使・従事官以下総勢500人に及ぶ大世帯で、きらびやかな行列をととのえて往復した。一行中には著名な学者・文人も多く、沿道各地で盛んに日本側識者との間に筆談、詩文の贈答がおこなわれ日朝文化交流の場となり、江戸時代日本の学問・文化に大きな影響を与えた。
  •  しかし、朝鮮側は日本の使節を首都(ソウル)に迎えることをしなかった。朝鮮政府が、豊臣秀吉の朝鮮出兵で蒙った苦い経験から、日本側に国情を探られるのを警戒したからである。
  • この日朝関係を担当したのは、対馬藩主宗氏である。宗氏は、幕藩制下の領主(外様大名)として徳川将軍に臣従したが、同時に朝鮮国王にたいして一種の「外臣」(形式的臣従)の関係にあった。対馬藩は日朝国交仲介を家役(任務)とし、朝鮮貿易独占の特権を与えられ、朝鮮国釜山に駐在事務所(倭館)を置いて外交貿易の窓口とした。

徳川末期になって清国の弱体化がすすみ、李氏朝鮮の国政もしだいに紊乱してきたことから、

300年にわたる平和な国際関係がギクシャクしてくる。

その上、北方からロシアが、西南方からフランス、イギリス、ドイツが勢力を伸ばしてきたことから一挙に戦雲が立ち込めてきた。 日本は1853(嘉永6)年のペリー来航後、欧米各国と条約をむすんで開国し、徐々に近代国際社会に仲間入りしたが、朝鮮は、欧米各国にたいして門戸を固く閉じていた。そこで、欧米各国は、東アジア最後の未開放国朝鮮の門戸をこじ開けようと迫っていったが、ことごとく失敗してしまった。

李王朝末期の混乱と衰亡の原因を、田保橋潔著『近代日鮮関係の研究』(1940年)はこう指摘した。

「李氏朝鮮の三大罪禍として、外寇(がいこう)、朋党(ほうとう)、戚族(せきぞく)を挙げることに、何人も異存はないであろう。 外寇、朋党が朝鮮の政治・社会・文化に、如何に多くの惨害を及ぼしたか、繰り返す必要を認めない。

第三の戚族の専横については、 その痛弊は前二者にあえて優るとも劣らない。外寇はいうまでもなく外国の圧迫、干渉で、朋党とは派閥の争い、戚族とは国王の縁者、親族のことである。 ここでは国王の生父大院君の一派と、国王妃閔妃一派の激烈な抗争を指すのである。この朝鮮半島の動揺がその後の東洋の禍乱を招き、清国の衰亡を早め、代わって日本の台頭をもたらすのである。」

もう1つ、こちらこそが、中朝が没落していく最大の要因となった『中華思想』「冊封朝貢秩序」の問題がある。

朝鮮とその宗主国・清国は独自の「冊封朝貢秩序」(さくほうちょうこうちつじょ)を維持してきた。天下の中心は中華(中国)であり、周辺国は中華の徳を慕って朝貢する。距離が近い朝鮮は「小中華」であり、遠く離れたベトナム、日本などを夷秋(野蛮人)と蔑んでいた。

明治政府は明治元年(1868)11月、朝鮮に修好を求める文書を送った。しかし文中に「皇」「奉勅」などの文字が入っていたのに驚き、朝鮮は国書を突き返 した。「皇」は中国皇帝にしか使われず、天皇が朝鮮国王の上に立つことを意味すると考えたのだ。そして朝鮮への野望があると受け止め拒絶した。その後も日本の国交の要求も拒否し続けた。

 - 現代史研究

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